
こちらは、並んでいる公園の中の図。

2009.5.9。
僕が乃木坂駅に到着したのは17:30頃。
階段を上がると『ファン列→』と書かれたプレートを持った人がいた。
そのわずか、数十メートル先、信号を渡ったところに最後尾。
横を見ると、直接、斎場に向かうと思われる列。
そして
『献花までは、2〜3時間かかると思われます』
とのアナウンス。
ここで、少し考える。
昼間、あまりにも暑かったので薄着なのだが、夜が近づくにつれ、寒くなってきたため、一度、帰るべきか、否か。
悩んでいると、道路に並んでいると思っていた列から外れ、公園に並ばされる。
帰るのはあきらめた。
ここにはたくさん、すでに並んでいる人がいた。
中には、デッキを持って来て、大音量で清志郎さんの曲をかけている人もいる。
公園内で、約一時間。
やっと、列に加えてもらえる。
動き始めた。
公園の入口まで戻り、歩道をひたすら、斎場とは真逆の方へ。
そして、3つくらい先の信号でやっと斎場方面への列へ。
公園から45分ほど歩き、デニーズが見え、
やっと、もうすぐ斎場………
と思ったら、直前の歩道橋を昇らされて、斎場真裏の青山霊園へ。
ここから、長いこと並んだ気がしたのは、霊園内だったからか?
一時間は、青山霊園内を歩いていた気がする………
おそらく、公園に入ってから、二時間半くらいで、
『AOYAMA ROCK'N ROLL SHOW』
の会場である『青山葬儀所』の門をくぐっていたと思われる。
会場に向かう下り坂で、これに名前だけ書いてください、と用紙をもらう。
裏にはメッセージを書いてよかった。
会場が近づくと、あまりにもにぎやかな音に驚く。
ずっと、音楽が響いている。
DJのアオリに、時折、歓声が響く。
門をくぐって、一番最初に目に飛び込んできたのはでっかいうさぎの風船??
そして、その横には、添付写真の清志郎さん直筆の“忌野清志郎”の文字とうさぎの絵に印刷文字で“葬儀式”
その文字を観て、改めて気づく。
『そうだ……“葬儀”なんだ……』
それでも、門をくぐり、会場の外で並んでいる間は、清志郎ソングが流れ、一緒に唄い、時に拳を振り上げ、まさに、LIVEさながら。
途中で、さっきの用紙で受付をすると、カードがもらえた。
遺影の清志郎さんと同じ写真。
裏は、うさぎの絵。
うれしい心遣い。
そこからしばし、並ぶ。
僕が会場に入れたのは、20:50くらいだっただろうか………
会場横の関係者受付のところには、遠くてよく見えないが、おそらく、完全復活祭の時のものが飾られていた。
会場に入ると、たくさんの人の名前に迎えられる。
本当にたくさんの人から愛された人なんだと実感。
出口の方には
『愛し合ってるかい?』
とマイクを持った清志郎さんがいた。
会場に入るとびっくり☆
葬式なのに赤と白の横断幕。
まぁ、清志郎さんらしいと言えば、らしいですが。
祭壇の上手横には、DJブース。
バラの花を渡され、献花台へ。
花を受け取ってからの撮影は出来ないので、撮れませんでしたが………
一番前に行くまでわからなかったけど、自転車、ドラムセット、ギターなどなど、LIVEが出来るくらい飾ってありました。
もちろん、お骨も………
位牌には
『平成二十一年五月二日 忌野清志郎 之霊位』
とありました。
死んでも『忌野清志郎』なんだね………
遺影を観てしまうと、たとえ赤白の横断幕でも、クルもので……
危うく泣くところでした。
のちに、ニュースで4万2千人もがあの場に訪れたと知りました。
僕がもらったカードも足りなかったと聞き、びっくり☆
本当に偉大な人だなぁ………
とにかく、長い一日でした。
でも、行ってよかったと思います。
実は、僕もまだ信じられていません。
もしかしたら、実感もしないかも。
でも。
きっと、清志郎さんは、どこの世界でも『忌野清志郎』だと思うから。
僕は、これからも清志郎さんを目標として生きて行こうと思います。
僕が届けたい言葉はたった一つ………
同じ時代に生きていてくれて
本当にありがとうございました……!!